僕は乗用車の後部座席に座っていた。外は殆ど真っ暗だが、視界の隅にところどころぼんやりとした薄暗く黄色いあかりがあり、街灯があるらしいことが分かる。


後部座席といっても、位置取りがおかしい。運転席、助手席の後ろではなく、ちょうど真ん中、シフトレバーの真後ろに座っている。前の座席が顔に近く、視界が狭い。正面に見えるのはアスファルトで舗装されただだっ広い空間。視界の右端、運転席の直ぐ外に誰かが立っている影だけが見える。それが誰なのか、全く気にならない。知っているのか知らないのかすらわからない。


そこまでゆっくりと認識したところで、車がじりじりと後退していることに気が付く。どうやらここは駐車場のようであり、いま、まさに車を駐車しようとしているらしい。しかし助手席にも運転席にも人は居ない。後部座席の窓からは敷地をコの字型に囲む桜ににた葉を茂らせた枝がすぐ後ろに並んでいるらしいことが分かる。その距離からそろそろ後部タイヤが車止めに当たりそうだと思っていたが、当たらず、車はバックし続け、こちらに向かって伸びた、密に並んだ枝に当たりそうになる。


そこで僕は右腕を伸ばし、座席の間に見えるサイドブレーキのレバーを引いて車を止めようとしたがなぜかレバーが遠い。自分の両脚を前部座席の間、非常に狭いところに両膝を揃えて詰め込んでいるために身体を浮かせることが出来ず、上体を無理に伸ばし、殆ど柔軟体操のように身体を二つに折ることでようやくレバーに手が届いた。ぐっとレバーを引いたが、既にレバーは引かれているらしく、殆ど動かなかった。そのため、僕の苦労は当然のように効果がないらしく、停止してくれない。止まらないどころか徐々に加速し始め、後部のガラスに枝が当たり始めた。何とかしなければと思うが身動きが取れない。暗がりで眼を凝らすと両脚は単に詰め込まれているだけでなく、どうやら足首辺りが縛られ、車に固定されているらしいことが分かった。


焦った僕は運転席の直ぐ外に立っている人影を思い出し、助けてもらおうと顔を上げたが、その影はまったく慌てる様子もなく、静かに見下ろしている。その影はこうなることを知っていたのだ。これは駄目だと思い、自分でなんとかしようと思いなおす。動かない両脚を引き抜こうと勢いをつけて、膝を持ち上げようとするが抜けない。それを二度、三度繰り返すうちに車が完全に藪の中に突っ込み、足の長い下草がバンパーや車の底を擦る音がし始めたその瞬間。がたんという比較的おおきな衝撃とともに、車両の後ろが落ち込み、フロントガラスから見えたアスファルトが消え、真っ暗な夜空だけになる。そのあいだにも車は加速し続け、がたがた揺れていたが、次の瞬間抵抗が消えた。自分が車ごとがけから落ちたことが分かった。いまや車には何の抵抗も働かず、枝葉が激しく車体を叩く音に包まれるだけになり、落下速度も殆どgそのままに加速している。僕は落ちる車に引っ張られながら、その落下速度から、この崖がどれくらいの高さなのかは分からないが落ちた衝撃で死ぬことは間違いないと確信した。


その瞬間眼が覚めた。


いつもの夢らしく何もかもがぼんやりとしていたが、殆ど無抵抗に落ちていく感覚がだけが、今も腰のあたりにとてもリアルに残っていて、今日という一日が使い物にならないことを確信した…OTL