江戸東京たてもの園

快晴のなかてくてく歩きまわった。


ほぼすべての建物を見た。はず。29の建築物と移築中の三島邸(由紀夫さんではない)も見た。


ということで予想外に時間が経った。でもかなり面白かったのでOKですはい。


三井財閥のひとの戦後建てた(京都や大磯や東京にあったものをいろいろ組み合わせて建てたの)邸宅とかよかった。子宝湯という銭湯は宮崎駿の『千と千尋の神隠し』のアレの元ネタらしい。あとかまたきの爺さんが使っていた薬箱は三省堂という文房具屋さんの筆を入れた壁一面の箱から来ているという。ジブリも近くて監督はよく来ていたらしい。ということでたてもの園のキャラクターは宮崎駿デザイン。


でも一番よかったのは当初の目的どおり高橋是清邸。玄関は大和郡山柳沢文庫(別の話だけどこの文庫、『カフカの海』に出てくる図書館のイメージに:私的に)の玄関とよく似た感じ。


二階の寝室にも入った。是清さんは昭和11年2月26日この寝室で、銃弾7発(弾倉には自決用に1発残し、残りの7発をすべて撃ち込んだということらしい)をくらい刀で5回斬られて即死(この斬撃で両腕も落とされたらしい)だったという。押し込んできた兵の音に気が付いたけれど屋根から雪が落ちた音だと思ったらしい。隣には女中部屋があった。


その2階の窓には初の工業製品としてのガラスが嵌められていた。いまだと一枚20万ぐらいではないかという説明だった。工業製品といっても吹きガラスを伸ばして板状にしたものですこし波打っていた。当時のものそのままだという。