朝、目を覚ますと、自分がベッドで…

一晩たっぷりと、文字通り泥のように眠ったにもかかわらず、酷い頭痛を抱えたまま目覚めた。


これほどひどい二日酔いは久しぶりだ。ブドヴァイゼルが旨いので飲み過ぎてしまった。

天井がぐるぐると反時計回りに回っている。


酷い痛みに涙目になりながらカーテンを開けようと体をひねった。


「んん・・・」


隣に人が寝ていた。


こちらに背を向けてまるまっているので顔が見えないが体は小さいようだ。

二人で飲んだのかそいつもアセトアルデヒドのにおいが酷い。

誰だったか思いだそうとしたがぐわんぐわんと痛む頭ではなにも思い出せなかった。


二日酔いでふらついた勢いでそいつの肩に手をかけ、ぐいと此方へ向けた。

心臓が止まるかと思った。というのはこういうことを言うのだろう。一瞬鼓動がとまり、一拍おいて胸の内側から握りこぶしで殴りつけられたように心臓が強く拍動を始めた。


脈拍が強くなったぶん頭痛も酷くなり、その上変な汗まで出てきた。


これは明らかにおかしい。

そして自分はひどい二日酔いの状態だ。

しかし、だからと言ってこれが夢や妄想だとも思えない。

頭は痛いし吐き気もするけど顔に感じる冷たい朝の空気やカーテンの隙間から覗く朝日はどう見ても本物である。夢がここまでリアルなはずがない。


しかし、これは明らかにおかしい。


隣で同じように二日酔いで唸っているのはどうみても俺自身だ。ただでさえ見たくない顔が苦痛で歪んでいるうえその呼気はアセトアルデヒド臭い。瞬間的に殴り殺したくなった。


とにかく気持ちが悪いので、一度吐いてしまわないといけないと思い、横で唸っている俺をまたいでトイレへ行き、一度深呼吸してからのどの奥へ指をつっこむ。少しの刺激で胃の中のものが一気に噴き出したがほとんど胃液のような透明な液体しか出てこない。ほとんど食べずに飲み続けていたらしい。吐瀉した液体を見てそう思った瞬間、もう一度吐いた。


洗面台へ行きうがいを数回繰り返した。胃液の所為か歯がざらざらして気持ち悪いので磨いた。顔も洗いタオルで拭く。だいぶ楽になった。しかしなにかおかしい。

鏡を見てわかった。小さくなっている。俺も小さくなっている。ちょうどとなりで寝ていた俺くらいだった。やはり先ほどみたアレは夢ではなかったらしい。

だとしたら、これはなんだ?あれか、『バルタザール』のようになっちまったのか?あいつはメルヒオールみたいなものなのか?


鏡の中の小さくなった自分の阿呆面をみながら呆然としていたら、一瞬視界が消えた。消える瞬間に縦に揺れた気がした。目の前の鏡をみると、あろうことか顔の上半分しか映っていない。
鏡の中の俺はさらに小さくなっていた。バスタブを見ると浴槽が高くなっていた。心拍数が上がる。気配がしたので振り向くと、右側に、もう一人の、俺、が立っていた。そいつも俺をみて驚いている。


そいつを押しのけて急いで部屋へ戻ると、ベッドの上には二人いた。二人の俺が寝ている。


ちょっとまて。余りに速い鼓動に驚きながらも深呼吸をして落ち着こうとする。今ここで阿呆面をして立っている俺を入れて、俺が4人いる。俺俺俺俺。おちつけ俺。整理しなければいけない。


俺×4だ。これですこしすっきりした。


冷静に観察せねばならん。先ほど隣にいた俺は小さかったが、いま並んで寝ている二人の俺はさらに小さく、立っている俺もたぶん同じくらい小さい。人数が増えた分小さくなったのか。


「くしゅん」


ベッドの上、左側に寝ていた俺(俺ではない)がくしゃみをした。その瞬間、またアレが来た。

ガクンという衝撃とともに垂直方向に視界が揺れる。おれはもう驚かない。すぐ隣にさらに小さくなった俺が立っていた。ベッドがやたらと大きく見える。

洗面所のほうから「うわぁ」という間抜けな声がしたかと思うと、とたとたとた、と幾分軽めの足音をさせながら、あの阿呆面の俺が、さらに小さく、さらに阿呆度を増した顔をして部屋に飛び込んできた。


部屋の中にいた俺、というか俺達、(立っている俺×2+ベッドの上の俺×4、つまり合計俺×6)、を見た阿呆面の俺がまた「うあああああ」と大きな声を上げた。その声は身体がちいさくなった分、若干高くなっているようだった。



「くしゅん」



またベッドの上にいた俺×4のうちの一人がくしゃみをした。もう大丈夫だ。状況を把握していた俺は落ち着いて目を開く。


予想通り、そこには立っている俺×4にベッドの上の俺×8がいた。振り向くと二人に増えた阿呆面が互いの阿呆面に見入って、マンガでしかみたことのないような“驚いた顔”をしていた。


そのあまりの狼狽ぶりに、いくら阿呆面とはいえ俺であるそいつらが可哀そうになった俺は話しかけた。

「まあおちつけ」

「うわああ」「うわああ」

二人揃って間抜けな声をだした。


「ちょっと静かにしろ、いまから説明してやるから。この状況を。」

「うえぇ」

ベッドの上の一人が呻いていた。


「お前も見て分かる通り、俺だ。いや、つまりみんな俺だろ?」

「顔見ればわかるだろ?」

「しかも少し、というかだいぶ小さくなってる。チビに逆戻りしてる」

二人は静かに俺の話を聞いていた。


「うわ、俺達って、ほんまに俺達やな、これ」


後ろに立っていたすこしマシらしい俺の一人がいった。


「俺は最初から見ていた。最初は二人だった。それがここまで増えたんだ」

「それは俺も知ってる」隣に立っていた俺が言った。

「じゃ、話は早いな。あとはあっちの分かってない俺達向けに話せばいいんだな」

阿呆面二人が素直に頷いた。

「誰かがくしゃみをするたびに一人が二人に分裂して、しかもそれぞれは元の身体より小さくなるってのが法則らしい」

「ま、経験則だから、詳細は不明だけど、いまのところそれは合ってる」後の後ろに立っている俺が、まさに俺らしい補足(蛇足ではない)を加えた。



「だいぶちいさくなってしまった。これ以上、くしゃ・・」



「くしゅん」「くしゅん」「くしゅん」




「・・・くしゃみをすると、すんごいちいさくなっちゃうんだよ、ほら」

部屋中に俺がいた。凄い数だ。


ととととととと・・・・


洗面所のほうからたくさんの俺達が部屋に入ってきた。合流した俺たちはぱっと見一大勢力だったが、小さかった。それもかなり。

ベッドの上では数人の俺が寝ている俺をゆり起しており、何人かは起きたばかりの二日酔いの俺に状況を説明していた。

「とにかくくしゃみは我慢しろ!」「くしゃみはだめだ」「起きろ。ちゃんと目を覚ませ」

このような理性的な言葉にまぎれ

「うわあ」「うぅう」「気持ち悪・・・」「おかあ!」「げえぇ」「うわ、そんなとこで吐くなよお前!」「わー」「わー」

といった起きたばかりで混乱した俺達の声が聞こえてくる。

ベッドからかなり離れ、さらに背伸びをしないとベッドの上が見えないくらい小さくなってしまった。

ベッド脇に積み上げられた本の山と比べると、どうやら身長は30センチもないくらい小さい。


バスルームから合流した俺達とベッド脇にいた俺達(そのうち何人かはベッドの上にあがり、事態を収拾しようとしている)に向かい、話の続きをする。


「これ以上くしゃみをしたら、小さくなりすぎて生命が危なくなる。だからとにかく、くしゃみはなんとしても我慢しよう」

「そうだな、これ以上小さくなったら危ない」「すでにドアノブに届かなくなっているからな」「うええ」「お前なんでそんな偉そうなんだよ。お前だって俺だろ?」「まあそういうなよ。協力しないと問題解決できないぞ」「なるほどな」「しょうがないだろ」「これからどうすんの?」


「くしゅん」


ドザッ


部屋中の俺が一斉に振動した所為で埃が舞いあがり、差し込む朝日に照らされて光っている。

「うわっ」「ぎゃあ」「うええ」「やばい」「うひょー」「ちいせー」「口と鼻をふさげー」「あぶない」「痛い痛い痛い」「うおお」「どうすんの?ねえどうすんの?」「うえっ、うえっ」「お前どけよ!」「うっさいぼけ」
「くしゃみすんなー」「誰やねん、くしゃみしたアホは!」「ぶっ殺す!」「埃やぁ」「うわー」「うわー」「うわー」

だいたい状況を把握していたはずの俺達までが一斉に、それもそれぞれ勝手に声を上げ、ちょっとしたパニックになっていた。


「ちょっとー!みーんーなー!聞いてくれー!」

近くにあった大きめのクッションによじ登った俺は思いきり大きな声をだした。


「埃が立ってる。くしゃみに注意してくれ!あと静かにしよう」

「俺ともあろうものがこのくらいのことでパニックになるなど、あってはならないことだろ?みんな!」


「そうだ」「俺様だかんなっ」「おちつこうぜ、みんな」「ひぐっ、ひぐっ」「な、もう泣くなよ。頑張れよ、俺だろお前も」「しー」「しょうがねえな」


すこし静まったかと思ったが、後のほうから諍う声が聞こえてきた。


「お前か!お前がくしゃみしたんやな!」「しーね!しーね!」「この期に及んでくしゃみするような屑はいくら俺でも俺は許さん」

群衆の一部で5,6人の俺が二人の俺を取り囲み、小突きまわしているのが見えた。周りにいたその他大勢の俺は遠巻きにそれを眺めている。


「待てよ、そこ!」もう一度俺は声を張り上げた。

小突きまわすのを止めた俺たちと床にへたり込んだ二人の俺が俺を見上げている。


「いいか、お前たちも俺だ。そこの二人だって俺だ。ここにいるやつはみんな俺たちだろ?一緒だろ?」


「そうだな」「そやそやー」という賛同の声があちこちから上がる。

その声を切り裂くように、二人の俺をいじめていた俺の一人が言った。

「なんぼこいつらが俺と同じ俺でも、俺はこいつらを許せん。くしゃみは危ないってはっきりわかってた上でのことやからな!」「そうだっ」「禿同!」


「確かに、あの状況でくしゃみをしたことは腹立たしい。しかしだからと言ってリンチにかけていいわけではないっ。リンチなど俺が、俺たちが最も嫌い軽蔑してきた行為ではないかっ」


「それは自分に甘い、ちゅうことちゃうんかー?」と連中と別の、ベッドの上にいた俺からヤジが飛んできた。


「俺たちはみな等しく俺であるが、そんなこととは無関係に、リンチは許されるべきではないっ」

「問題は、理性だっ!俺たちはいついかなる状況であっても理性的であらねばならぬ・・・ なぜなら、俺たちは俺だからだ。俺たちはそういう人間でなくてはならない」

「そうは思わないか?」


「たしかに理性は大事だな」「リンチかっこわるー」「衆愚は犯してはいかんな、俺としては」「わかるけどなぁ」「人権は大事だ」「ちょび髭ヒトラーにさえ人権はあるのだ」「理性さんせーい」
「なんであいつあんな偉そうなん?」「暴力はあかん」「ひとりひとりは小さいけれども、力をあわせ・・・」「お前どこの西川きよしやねんな」「あ、わかった?恥ずかしいなぁ」「おえっ」「おちつこうぜ」


取り敢えず、リンチの輪は解かれ、囲んでいた連中も俺の話に理解したような顔を見せた。


「なんでお前がリーダーなんだよ」「それもそうだな」「俺だって初期に分裂した記憶あるんだぜ」「おま、それを言っちゃいかんだろ」「当選回数だけで大臣になれる自由民主党のようだな」「それは確かに恥ずかしいな」「やだな」「かっこわるいな」「分裂回数で差別はダメ、ぜったい」「みんな困ってるのはいっしょ」「かんじーざいぼーさーつーぎょ・・」「宗教はご遠慮ください」「信仰の自由はここでも守られるべきだ」「南妙法蓮華経、南妙法蓮華経、南妙法蓮華経・・・」「それはダメ。あうと!」「通常世界の法律に準じた体制を維持せんとな」「平和だいすき」「ねむいー」


ほっとした俺は床に降りた。人ごみ、いや俺ごみをかき分けて集団の隅へ移動する。


部屋のいたるところ、あちこちで俺たちが勝手にしゃべっていた。

隅のほうでひとり寝ている俺もいたが、ほとんどは集団で侃々諤々、とどまるところを知らない議論が交わされていた。


「しっかしこんなに何匹もいたら、ころされちまうぞ」

「何匹とかいうな!人間なんだぞ俺たち」「そうだそうだ」

「だって小さいじゃん。なんにん、より何匹、のほうがしっくりくるだろ」

「だから言ってんだよ、ばか」「ばかっていうやつがばかだって母ちゃんがいつも言ってたぞ」「知ってるって俺だってお前なんだから。いい加減把握しろよ」

「だーかーら、俺たちもう随分ちいさいだろ?ここまできたら次は下手すりゃ昆虫なみだ」

「なるほどな、いらいらしてる奴らに殺されかねないってことか」「つうか犬猫に殺されちまうな」「うひょー外には出れませんてか」「ら抜き言葉はダメだろ、俺としては」「あ、ごめん。つい」

「罪悪感を感じないで済みそうだな、たしかに」「やだ」「ゆるせん」「人権侵害だー」

「だから、がんばって人間だって主張しないと殺される」

「おおー」「すげえ」「おまえ頭いいな!」「かっこいい」「やるなお前、つまり俺//」

「ちょっとまて、それ言い出したの俺だから。そこの俺じゃないから」

「いっしょだろみんな俺なんだから」「おちつこうぜ」「そうだそうだ」「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい・・・」

「リーダー決めようぜ」「一緒だっていってんじゃん」「俺は俺、お前も俺、あいつも俺、そのお隣も俺、つまりみんな俺」「リーダー選ばなくてもとにかくまとめないとうごけないよ」「そうだ」「まったくだ」「うむ」「うむ」「ハモったなーww」「さんせー!」「一票!」


「ああ、あれだよ。直接民主制といこうぜ。なにか決めなきゃいけないことがあるたびに挙手するの」「おお」「それはいい」「ジェットリーのTHE ONEみたいなバトルロワイヤルやろうぜ」「映画の見すぎだろ。それどころちゃうちゅうねん」「そうしよっか」「まずこれ自身に賛成のやつ、手ーあげてー!今の話賛成のやつ手ーあげてー!」「俺が集団行動できるわけないじゃん」「ちょ、これからどうする?」「そうだな」「でもやるしかないと思うよ」「ドアを開けるにも命懸けだしな」「携帯電話ではちくろさんに助けを求めてはどうかな?」「だーめー」「それはやばい」「かようなごみ溜めに入れるわけにはいかん」「俺達自身でなんとかしないとな」「やる気出てきた」「なぜに今頃。人生もっとやる気ださんといかんところいっぱいあったはずやろ」「ちょ、おま、それキツすぎやろ。お前も俺やし分かってるやんそんなん、ここのみんな」「痛いと分かっていても言わねばならぬことがあるのだ、男には」「おまえそれハーロックキャプテン・ハーロック」「999だな」「世代だな・・・」


「しかしここまで来るとクラウド人間だな。効率は全然あがらないけどな。むしろ混迷の度を深めている」

「気にすんな。クラウドの旗手Google様だってこけたんだ。頑張ればなんとかなると思うよ」「いいこといった。いまいいこといった、そこの俺」「うん」「前向きだな」「なにっ前向きだとっ?そんな馬鹿な言葉を発した奴は死刑だ!」「死刑はんたーい」「誤審の可能性がある以上死刑だけはなんとしても避けねばならん。理性だ!」「ねむいよ」「人権は大事にせんといかん。なにしろみんな俺だからな」「そこ重要!」「おなかすいたな」「そこもっと重要!」「気が合うな」「だって俺たち一心同体じゃん」「それをいうなら一心多体だろ」「おお」「俺だけあって言葉にうるさいな」「こんだけいるとなに言っててもうるさいよ」「一理あるな」「で、飯はどこだ?」「ねむいな」「うるさいな寝てろよお前」「お前いうな、お前も俺だろ」「どう呼べばいいんだよ」「名前いっしょだしな」「人を指差したらあかんとおじいおばあにいわれたしな」「ええやんふたりとも死んでるし」「あー!おまえそれはあかん」「駄目だなそれは」「情状酌量の余地は無いな」「どんだけ世話になったと思ってんだよ、そこの俺」「う、うそやん。分かってるって。言うたらあかん、と思たらかえって言いたなんねん」「あーわかるわ。そこで黙ったらなんか負けた気がするもんな」「そうだな」「やっぱお前も俺だな」「天邪鬼というかひねくれとる」「りっぱな俺だなお前」「血はあらそえんなぁ」「いや、それは違う。DNAまできっかり同一人物やろ俺ら」「おなかすいた」「俺はしっこいきたい」「トイレとどくか?」「心配になってきたな衣食住」「纏まらんな。さすが俺達」


「服は大丈夫みたいね」「そうだな、分裂しても服着たままだな。しかもちゃんと体に合わせて小さくなっているし」「デビルマンかよ」「あー変身するたんびに服破けてたけど復活してたなー」「世代感じるなぁ」「そりゃ北斗の拳だろ」「おおーケンシロウだ」「どっちもどっちだ。年だ・・・」「それはアニメだろ。これは現実なんだぞ。なんという非科学的な。許せん」「あー非科学的といってもおまえ、俺ら見てみろよ。コナンより恥ずかしい状態だぜ?」「コナンのどこが恥ずかしいんだよ。いいじゃん。足の指で全体重支えられるんだぜ?超人じゃん。ラナかわいいし」「恥ずかしいのは名探偵コナンだろ」「あー」「ひざを打つ」「イテっ。お前俺のひざ打ってんじゃねーよ!」「いいじゃん。ちゃんと脚かくーんて伸びたやん。結核ちゃう」「それ、脚気」「つーか俺らにとってコナンといえば
未来少年
だろうが」「世代だな・・・」「同じ年だろうが、俺ら」「確かに江戸川は恥ずかしいな。アレより恥ずかしいのか?俺たち」「やだな」「ぜったいやだな」「ねむい」「やっぱ宮崎駿は天才だな」「うん。映画はラピュタ、TVはコナンで決まりだな」「押井はコナンに駄目出ししてたって」「ラナ!」「お前・・・」「どこからコナンの話しになったんだ?」「本筋にもどろうぜ?」「俺たちに本筋はない」「明日だろ明日」「下手したら今日の午後さえなくなるぜ?」「うまいこといった」「おなかすいた」「ぷぅ」「くっせー」「誰だよ?」「公共心が足りないな」「デリカシーだろそこは」「空気嫁よ」「思い出した!」「なんだ?」「ん?」「本筋ぃ。服までちゃんと分裂してるって話しだ」「ああ!」「すっきりsた」「天才だな」「しかしなんというご都合主義だ!」「そんなもん知るか。登美彦に言えよ」「あーとみひこ!」「ご都合主義の権化だからな」「なむなむ!」「なんで拝むんだ」「ご都合主義ばんざーい」「夜は短しはえがった」「ご都合主義って便利だな」「便利なのはいいことだぜ」「はたしてご都合主義というものは権化に申告するだけでその使用を許されるものだろうか?」「いいじゃん。あいつひよこ豆みたいなかぁいらしいお嫁さんもらったんだし」「なにー!」「許せん」「あんだけ男汁で売ってきた男がかぁいい嫁さんだと!」「これから押しかけていって総括させようぜ?」「三省!」「おお。赤軍流だな」「アイスピックもってけ」「赤城山は遠いから叡山にしとけ」「おまえ今の俺たちのサイズ考えろよ。せいぜい爪楊枝だぜ?」「爪楊枝なんてないよ」「しーしーやるのやだもんな」「触感というか歯にあたるあの感触!うわーさむいぼでたっ」「縫い針あるじゃん」「おお」「武器だ」「登美彦ぼっちゃんぶっさすかどうかはともかくとしてだ、諸君。武装はしておいたほうがよいと思う」「賛成」「そうだな。猫に襲われるかもしれないしな」「そうか。食われてもしょうがない大きさだもんな」「おかあ!」「おなかすいた」「登美彦トミー!」


「諸君!」「頭悪い人みたいだからそういう呼びかけやめろよお前イコール俺。はは、突っ込まれる前にいってやった」「そうだな」「で、なんだよ」「そこ危ないからあんまもたれかかるなよ。本が崩れてくるぞ?」「そうやなー。死にはせんけどかなり危ないな。あそこ見てみ?『わたしを離さないで
』やろ。ハードカバーは危ないわ」「これ以上くしゃみをして分裂してしまったら、もはや人間の形さえ見出してはもらえなくなってしまう。絶対にくしゃみはしないこと!」「蜘蛛の子やかまきりの子のようにぶわーって。ぶわーって」「あまり小さくなりすぎると、違うレイヤーの戦いがはじまるな」「レイヤーってなんやねん。スケールの違う生態系のことやろ?なにかっこつけてんねん」「レイヤーケーキ
食べたい・・・」「腹減ったな」「クレイグかっこええな」「微生物や細菌、果てはウイルスと戦うことになれば勝ち目はないものと知れ!」「それええやん。『もやしもん』みたいで楽しそうやん」「あーもやしもんな」「俺たちが醸されて死ぬだけだろ」「アルコールにされるんかなー」「おま、何うれしそうにいうとんねん。自分で飲めるわけちゃうねんで」「冷静に考えるとだな、もやしもん、というよりはナウシカだろうな」「相対的に巨大になった胞子が飛びかう腐海のなかに、蟲のような細菌やウイルスが蠢いているんだろうな」「うわー、それ怖い。怖い。いやや」「確かに顕微鏡写真とか見ると化け物に見えるな」「ウイルスはスケールが違うだろ、常考」「ともかくバケモノに追い回されて全滅というのがありそうなシナリオだな」「これ以上小さくなるのはなにがなんでも避けねばならん。みんな、くしゃみは命にかけても我慢しろよな!」


「えらそうだなあいつ」「必死だな」「でも、いつもの天邪鬼ではあかんから言うて積極的にくしゃみしようとはさすがに思わんやろ」「まあな」「ウンカみたいに見えるんだろうな、細菌とか」「うえええ」「ハエとか巨大なんだろうな。寒い冬でよかった」「いやや」「一蓮托生だ」「出たっ四文字熟語」「漢字かけへんやろな」「キーボードばっかりやし漢字わすれまくりやな」「今の俺たちにそんなことは関係ない」「文化を失って人と言えるか!」「ねむたい」「あー!おまえそんなとこでう○こすんなよ」「うわっ」「死ね!」「出るものは仕方ない。でものはれもの・・・」「うっさいぼけ」「ペストになるで」「赤痢ちゃうか?」「コレラやろ」「衛生面には気をつけんといかん」「レフュジーキャンプやな」「よし、出四畳半や!」「六畳はあるはずだぞ、ここ」「だれがモーゼ役やるん?」「隊長、針が12本しかありません」「結構ちいさいな縫い針。もっかい分裂してからくらいでちょうどええんちゃうか」「ないよりまし」「いてっ。ま、なにすんねん!」「それはあかんやろ」「あかん」「人を刺してはいけません」「ぼく寝るわ」「こんだけいっぱい人間おったら、虐殺の文法流して見たなるな、うひひひ」「お前、それはあかんやろ。つうかあれフィクションやで」「あー、そこ、ずっこいわ。なんでお前らだけでバナナ食べとん」「なに?バナナ?」「うおおおおお」「そういえばお腹すいたな」「食糧どうする?」「というかやっぱり電話しいひんか?」「殺されたらどうするんだよ」「俺がこんな人間見つけたら箱に入れて持って帰るけどな」「警察やったら110番通報すれば録音されるから大丈夫だと思うよ」「110番しよ」「そやな」「そとの世界でやっていけるかなぁ」「大丈夫、あと一回くらいくしゃみして小さくなったら女子高生に人気出る!間違いないわ」「みんなバラバラに全国の女子高生のみなさんのもとに引き取られるんかぁ・・・ええな、それ」「もちろん写真審査つきだな」「水着写真も」「お前ら・・・やっぱ俺だなwww」「もういや、こんなとこ」「ねむいー」


それまで部屋中にあふれかえっていた俺たちの声が、なぜか一瞬止んだ。


「ふぁああ・・・」


ドザッ


視界が縦方向に揺れた。


俺が減っていた。


身体が少し大きくなっていた。


「あくびか!あくびで戻るのか!」


「うおおお」「あいつどこ行ったんだ」「うわあ」「やったー」「あくびか」「あくびらしいな」「消えたのが俺なのかあいつなのか。あいつも俺だからいいのか」「くしゃみで分裂して、あくびで合体かぁ。どっかで・・・」「ちょ、おま、それハクション大魔王!」「うわー昭和。それ昭和!ごっつ昭和!」「しかもだいぶセピア色やな」「恥ずかしいな、それは」「あくびちゃんはかわいいから許す」「それ意味不明」「誰にもみられてなくてよかったー。さすがにそれは恥ずかしすぎる」「そうだな。みんな俺でよかった」「お腹すいた」「バナナに群がってたやつらみんな消えたな」「偶然だろ」「罰があたったのだ」「消えることが罰なのか」「消えてしまった俺達と、消えずに残った俺達の違いはなんなんだ?」「いや、違いはないだろう。いろいろ話して見たし観察してきたけど同じと結論づけるよ僕は」「うわ、お前スパイちゃうか。ひとり僕って。みんな俺なのに」「もちろん科学者モードで話してるから僕、であって普段は俺だよ、僕も」「みんな俺。違いはない。ならば存在する意義はどこにあるんだ?」「意義など必要ない」「意味も必要ない」「唯物かっ、唯物かっ」「滅私だけどどこにも奉公なんてしないよ?」「それって伊藤計劃ハーモニーじゃん」「あれは面白かったな」「哲学とかクソだからな」


誰かが大きめのクッションによじ登り声を張り上げた。


「ちょっと静かに。いま、大事なことに気がついた」


「くしゃみ一回で分裂して数が2倍になり、体もちいさくなった」


「そんなこと知ってるって」「あほー」「しっ」「結論を言え結論を」


「で、あくび一回で合体して数が半分になり、体がおおきくなった」「だから結論」「うん」「へーそうだったのかー」「お前も俺のくせにバカだな」「バカはいかん。せめてアホにしといたり」「愛だろっ愛」


「このままあくびを続ければ、俺たちはいつか一人に戻れるはずだ。だがしかし!」


「一人になってからさらにあくびをしてしまった場合はどうなる?」


・・・


「おおおおおおおお」「すげー」「おまえ凄い。お前も俺だけど」「あいつやるな」「確かにどうなんだ」「お腹すいた」「やばいかもしれん」


「そのまま考えると、数が半分になって体は大きくなるんだから、0.5人になって体はこれまで以上に大きくなる。これはどういう状態だと思う?」

「身体の大きさはともかく、0.5人とはいったいどういう状態なんだろうか」「きにすんなー。もともと犯人前だー」「おまえ、それ犯罪者の犯人だろ」「反人前だー」「それもダメな気がする、ひととして」「半人前だ」「正解!」「だれがうまいこと・・・」


「ひょっとして、消えてしまうのではないか?だとしたらあくびは危険だ。というよりあくびはくしゃみ以上に危険だ」

「くしゃみを繰り返して小さくなったとしても消えはしない」

「しかもあくびは圧倒的に頻繁に起こる」

「どうする?制御できるだろうか、あくび」

「一人の状態ではくしゃみしか許されないという生き方が果して可能だろうか。みな自分の胸に手を当てて考えてほしい」「教師臭いやつは死ねっ」「そうだ死ねっ」「ばーかばーか」


「一人に戻るのはやめよう」

「戻るならせめて二人の状態でとどめるべきだ」

「二人ならなにかあっても、ティッシュでつくったこよりでくしゃみを起こす余裕がある」

「俺をストックするのだ。俺、というシステムの冗長化だ」

「すこしチビでもよいではないか」


「ちびはやだなー」「戻りたくないな」「山椒は小粒でもぴりりと辛いと、よくじいちゃんが言ってくれたではないかっ」「もう死んだやん」「南無」


「俺たちだけであくび断行しようぜ」「2・28事件として長く記憶されることになるであろう」「暁の七人みたいだな」「かっこいいな、それ」「なんでみんな死んでしまうん?」「あくびならふりをすれば本物が誘発されやすいからな」「やるか」「おう」「声明文書いたり血判とかしないの?」「道具がない」「めんどくさい」「字が下手なのは知ってるだろ」「あ、うん」「向田さん好きだなぁ」


「せーの」


「ふぁあ」「ふぁあ」「ふぁあ」「ふぁあ」「ふぁあ」「ふぁあ」ドテッ


「うわーーーお前ら―ー!ちがう、そこの俺たちーーー!」


・・・


・・





そこで目がさめた。


そして頭はやっぱり痛い。