鬼だ鬼!この人

いやぁ、あまりの長さに吹き出し、風邪もひいとらんのに鼻水がでた久々の文句更新。


ま、中身は色トリドリ(なんせ一挙に6通も)でそれぞれ面白かったり勉強になったり驚いたりするんだけど、一番キタのはえーっとこ、怖いだったりします。以下、適当に抜き出しますと(文脈無視、順番無視してるので注意してね♪)

2. 謝るべきだと思いますよ。



迷惑掛けてすいません、と一言謝ってしかるべきは平野氏の方です。悪気はなかったんです、とか、ぼくの本意じゃなかったんです、とか、運命の罪です(はい、笑って!)、とか付け加えていただいても結構ですよ。



とか、

また現在平野氏が演じている、今の文学とは何なのかを知らず、理解しようという気もない大衆の前で半世紀前の文豪のポーズを演じて彼らを繋ぎ止めておく仕事というのもなかなかに悲劇的で崇高なものだとは思います(ああいう時代錯誤な《文化人》がどうしても必要なのだとは、文学に限らず、あちこちで聞かれるところでもありますし)。



とかね。完全にこうね、翻したマントの端が顔(平野くんの)に当たっとるビシバシと。


極めつけはこれ。これは凄く怖い。ものすごーく。

確かに、私の手元には皆様垂涎の証明とやらが、『生活と意見』第十三回をupした段階から置いてあります。ただし、それを公表するのは、言い掛かりだと言い掛かりを付けられて非難轟々になり、作家生命が危うくなってからにしようと決めています。だって、さ。



まじに証明されちゃったら平野氏が困るでしょ?

(強調はわたくし)



なんてね。どう見ても非難轟々な状況を作り出すための呼び水になるじゃん。いわゆる燃料投下だぞ。もうね、ほんとこのお方にだけは喧嘩売るまいと心に固く誓いました私。もう一生金魚のフンのごとく付いて参ります勝手に。奴が歩いた後には草木一本猫の子一匹残らぬ荒野となるであろうノッシノッシあゆむ大蟻食の尻尾にこびりつくフンとなりましょうや。


あとはね、モーリス・ルブランさんが『バルタザールの風変わりな毎日』を1925年に書かれてますよーとかファンですよーとかいじめのやつすまんかったとかやっぱ大蟻食って天然記念物だよなとか翻訳しねーの(G氏←ゴキブリじゃないよ)といった内容。


ま、個人的には非常に強く目をひくというか凝視しすぎて眼球が乾いちゃって痛いじゃないのどうしてくれるんだこのやろうと逆恨み(“逆切れ”は死刑候補の単語リストに登録しました)したくなるのが約1個あったわけです。どういうことかといいますと、どうも一部文章(文体および内容)に既視感を覚えまして、結果完敗したかなと強く思う2006年年の瀬も押し詰まった今日この頃。参りました。しかもね、アレが僕の苦手とするアレ(3つのうち)の一つなのでもうどう転んでも太刀打ちできません。これまでの数々の非礼臥してお詫び申し上げますのでなんとか許してね。降参。ふう。


追記:忘れてた。

私は『ぱくり』と言っただけです。辞書的に厳格な用法や特殊西日本的語法ではどうか知りませんが、



はてさて、特殊西日本的語法ですか?まずは定義を知りたいなぁ。とりあえず普通西日本(つーほど広くないな、近畿)語法で「ぱくり」というと盗むことですかね。傘とか自転車とか万引きあたりが「ぱくり」に相当するのではないかと思いますが。特殊東日本的用法もありそうですな(塩分高そうな感じ)。