パプーシャの黒い瞳 【Papusza:2013】

観てきた。


ジプシーには記憶がない、という台詞に重ねた結果なのかどうかは分からないけれど、時間軸が行ったり来たりで分かりづらい上、あまり意味がないというか効果があったように見えない。話もパプーシャに焦点が合っているとは言えないし、なんだか散漫で眠くなる。雰囲気だけ、は満点という少し残念な出来。


素材はとても面白い。


文字をもたないジプシーの少女が文字に興味を持ち独習し、ジプシーに溶け込んでいたヒッピーのような青年(あだ名がガジョ:よそ者)を通じて彼女の作った詩がポーランドで出版されてポーランド人からもジプシーからも注目を浴びる。その後そのガジョによって『ポーランドのジプシー』という本が出版されると一転ジプシーの秘密をべらべらと喋った裏切り者として排斥される。


それが時間がつぎはぎ、エピソードがつぎはぎになることでどれもこれもが中途半端に終わっていて残念。単純に第二次大戦前後のポーランドのジプシーの生活を追っただけのほうがもっと面白い映画になっていただろうと、魅力的な断片を見て思った。


“言葉に魅せられたパプーシャ”と呼べるほどの描写もないし彼女の詩の素晴らしさもさっぱり分からない。どうせなら実の姪であるパプーシャを弟から買い取って嫁にした伯父兼夫のひげおやじのほうが面白いかもしれない。なにせレーニンの前で演奏したらたいそう気に入られてそのままレーニンというかソ連専属の楽師として残ることを望まれたけれどすでにポーランドの元帥からの依頼を受けた後だったので断ったとか、どこまでほんとうでどこまでがウソなのか分からないエピソードや、鶏は盗むものであって買うものではないのでパプーシャに盗ませる話とか、石女となじる一方長老たちから非難されたパプーシャをかばったりするあたりの不思議な振る舞い(現代生きている私から見ると不思議な)とか、いろいろ楽しい。


それともう一つ。肝心のジプシー音楽が少ない。唯一おっと思ったのが留置場でいきなり始まる騒乱狂乱のような演奏。あれは見事でした。どうして楽器を持ったまま入れられてるのかわからないけれどw


ジプシーの馬車ももっとじっくり見たかった。あのキャラバンというのかな、あれはとても面白そうだった。


「ジプシーに記憶はない。あったらとても辛くて耐えられたものじゃない」というパプーシャの言葉を信じるなら彼らには厳しい境遇に対する自覚があったはずなんだけれど、そこから抜け出そうとはしない。いつまでたっても相変わらず文字を持たず記憶を持たずなにがなんでも旅を続けようとする。秘密を出版したガジョに向かって「俺たちの言葉を話すな。お前はブタの言葉を話せ」と言う。「あいつらはいつも俺たち(ジプシー)を自由に、好きなようにしてきた」と言う白人・ポーランド人をじつは見下しているのではないかと思わせる上から目線。


映画の序盤ではヒッピーのようだと思っていたけれど、実は彼らこそを高等遊民というのではないかと最後にはそう思うようになっていた。ん、高等遊民だわ、あれは。


映画館でチケットを買うために並んでいたら後ろにいた3世代の母娘孫娘の3人のなかの娘にあたるひとがどうやら奈良から来た人らしく市内唯一残っていた映画館有楽が閉館したこととかファミリーランドが閉園したこととかあやめ池遊園地が閉園して近畿大学付属ができたこととか話していた。ん、わたしも奈良から来ましたって、孫娘になら話してた。ん。