だいぶ記憶力が落ちた、というか壊滅状態にあることが朝、電車のなかで判明した。

当時、哲学書、と呼ばれていたのがどんなたぐいの本か、たぶんあなたもご存じでしょう。王国のもっとも重要な人物が実名で登場する低劣な猥本。怒り狂った三文文士の手になる狂犬の涎のごとき誹謗文書。叔父が崇めんばかりに愛するヴォルテールなどなまぬるく思えるくらいの、正真正銘の危険思想の本。当時、そうした諸々が奇妙にも無造作に一括りに「哲学書」と呼ばれていたのは、たかが一冊の本に、刻々と教会と王国の威信を蝕み、最後には指でちょっと押しただけで崩れ落ちるまでに腐らせた、あの毒が含まれていることを皆が知っていたからです。

さて、こいつの出典はなんでしょうか?




『醜聞の作法』っぽいよね。でも『モンティニーの狼男爵』(光文社文庫版でp19)なんですな、これが。


『モンティニーの狼男爵』は単行本が1995年刊行なので『醜聞の作法』の15年以上前になる。ロバート・ダーントンの『革命前夜の地下出版』は日本語訳が1994年だから、そのままだと参考にするには間に合わないような感じ。原書で読まれたのかな。わたしは『革命前夜の地下出版』しか読んでないので詳しいことはわからないけど。


ともかく、『醜聞の作法』と同じ地下出版物の流通、というお話が背景の一部とはいえ15年前にすでに使われていたということなのですね。ん。ぜんぜん覚えてなかった。


や、それはまあいいの。わたしはこれに気が付いてたのしい想像をしたんだす。狼男爵の主人公の「わたし」が少年時代に叔父に呼ばれてパリにでてきたときにその喧騒と汚物と悪臭にあきれる場面がある。映画ならこのパリの酷い喧騒を見せるシーンのはじっこにですね、哀れなルフォンが屋根から屋根へとぴょんぴょん飛び回る様子をちらっと写しこめばとても楽しいだろうなと。「うっわーパリって汚ぇーなー臭いしなんだよここ?」とびっくりしてる男爵のすぐそばをルフォンがパルクール。田舎からでてきた少年が、けっこうちゃんとした身なり(そりゃ哀れなルフォンとはいえ弁護士だから)の男が屋根だの塀の上だのぴょんぴょん飛んでるのをみればこりゃとんでもねえところだなってことがよくわかるだろうし。


密輸された出版物の仲介を印刷屋のデュカンのところへ運び込むとかね、ほかにもいろいろ出来そうなのね。背景としてなら修道院写したっていいんだし。


『モンティニーの狼男爵』が1778年の話なのにたいして『醜聞の作法』は1779年なのでその辺もばっちり。


というか『醜聞の作法』はまだ呼んでる途中なので探せばまじでカメオ出演いるかもしれないな、小説の中にも。