新ナポレオン奇譚 【The Napoleon of Notting Hill:1904】

ちびちび読んできたのがようやく終わった。


新ナポレオン奇譚 (ちくま文庫)

新ナポレオン奇譚 (ちくま文庫)




面白い。としか言いようがないんだな。変な話。とても変わっている。『木曜日だった男』より好きかもしれにあ。気にいった。


原題をそのまま訳すと『ノッティング・ヒルのナポレオン』で、ロンドン市中のノッティング・ヒルという小さな街が再開発を拒否し、周りの市と戦いを始める、というお話。その前段階として、王として選ばれた奇妙なチビ男オーベロん・クウィンが自由市憲章を100を超える自治区に対して宣言していて、各自治区は市長をトップとして独立した存在とされており、それぞれの旗、それぞれの歌、それぞれの色をもち、その色に染まった軍隊も持っている。


うまく言えないなぁ。とにかく、変な話。で、途中まで読んでいて圧倒的に不利なノッティング・ヒルが連合軍相手に奇策を弄して次々と勝利し、もう駄目、と思われるところまで追い詰められながら、一発逆転の大勝利を収める辺りは期待通りの展開ながらとても楽しくて、お、これは日本だったらどうかな、巣鴨あたりで爺婆の大群が立てこもったりして、乳母車でバリケードを作り、電動のシニアカーを乗り回して入れ歯や使用済みのオムツを投げてこられたら機動隊だって逃げるしかないだろうし、最後にスッポンポンの爺婆数千人がどどどどーっと飛び出してきたら結構な要求も飲むしかないんじゃないのか、などという妄想をしたり、まあ好き勝手に楽しんでいた。


しかし、この本はそこでは終わらなかった。そこからが凄かった。また戦いが始まり、主要な登場人物がガンガン死んで行くのだった。


さらに凄かったのはその先。最後の章、ハッキリとした姿を見せないままの二人の声がやり取りするところは、ちょっと鳥肌が立つというか、凄い。『木曜日だった男』はあられない感じだったけど、こちらは詩のよう。冒頭に詩もでてくるし、この最後も詩だし、全編をとおして詩が大事なものとしてちょくちょく現れてくる。なんか、すげー(ぽかーん)な気持で読んでいただけだけど。


オーベロンが口にし、実際にノッティング・ヒルの戦いを通して現実のものになってしまったある価値、というのを読んでいて、こりゃアドルフ・ヒトラーなんかが好きそうな話だな、とか思った。大蟻食先生がおっしゃるには

チェスタトンは思想的に激ヤバな領域にニアミスすることがある。まあそれを言ったらアポリネールもウヨ化したし、ワイルドだって生きていたらやばかったし、ボードレールもことその辺に関してはかなりウヨだ。ヨーロッパにおける政治の美学化の根って深いのよ。




ということらしい。ふむ。


8月ということで、NHKが毎年恒例の戦争ものをいろいろやっていて、第二次世界大戦初期のドイツの電撃的な勝ちっぷりを赤色に塗りつぶしたヨーロッパ地図で表していたのをチラ見したときに、ヒトラーは自らをナポレオンに擬していたらしいんだけど、そりゃそう思ってもおかしくないわ、国民が熱狂してもおかしくないわ、とか思った。まああそこにすんなり納得のいく大義はないんだけども、勢いだけみるとそう思ってしまう。


いろいろ刺激的な、この年にして初めて経験するような、そんな貴重な読書になってしまいました。おもれぇよこのデブ。


あ、あと、軍隊や市長の衣装を絵で見たいので、次に出版するときにはなんか絵をつけてほしい。というか宮崎駿さん、映画にしてよ、これ。ポニョなみにわけわからんし、相性いいんじゃなかろうか。