朝からずっと降ったり止んだり。その代わり気温は低めで動かなければ涼しいくらいだった。

帰りのバスに乗ったあたりで雨が上がった。朝からずっと居座っていた雲も流れ、沈みかけた太陽から素直な光が射していた。

雨が上がった後の晴れ間というのがこんなにきれいなものだということを忘れていた。鬱陶しい雨から解放されたという昂揚もあるだろうけど、街路樹や芝、屋根瓦などの色が雨でぬれた分濃くなり目に映えるのが主な原因なんだろう。

と、バスの車窓からぼーっと町全体を見渡していると、遠く県境の山の上に黒い点がたくさん見えた。何かなとじーっと見ているとそれはどうやら飛行機のようで、それにしては数が多く、互いの距離が近すぎる。

駅のバス停に到着し、下車すると、その大通りに沿ってまっすぐ西にその山が見えた。その空をみるとやはり先ほどの黒い点が見えたが、此方に近付いているのか少し大きくなっていた。

軽い渋滞だったためにいつもの電車には乗れないことが分っていたのでそのまま駅近くの本屋へ行き筑摩文庫の『新ナポレオン奇譚』を探したがおいてなかったので、さらに商店街を進んだところにあるつい最近開店したばかりの県下最大をうたい文句にしている大型書店へ行った。なんとこの書店と先ほど寄ったちいさな書店は同じ会社なのだった。こんなに近くてよく持ってるなといつも思うんだが、あと1年くらい経たないとどうなるのかは分からないかもしれない。

新ナポレオン奇譚 (ちくま文庫)

新ナポレオン奇譚 (ちくま文庫)



さすがに県下最大というだけあって、2冊置いてあった。いつも通り、天と地の綴じ部分をくらべてよさそうな方を購入した。

書店を出て再び駅へ向かった。先ほどの大通りへ出て西の空をみると、かなり傾いた輝く太陽を背に、こんどははっきりと飛行機だと分る影がざっと30以上確認できた。皆同じ形をした黒い影だけど、旅客機のそれではなくて、寸胴のくじらのような形をしていた。多分輸送機だ。あまりの数の多さと密集具合になにか忌わしさのようなものを感じたが、そういえば近くに航空自衛隊があったっけ、と思いだし、なにかの訓練だと思った。

と、そのとき、真中あたりを飛んでいた飛行機のお腹のあたりから小さな影が落ち始めた。

よくみるとそれはパラシュートを背負った人影だった。しかしどう見たって町のど真ん中に落ちている。航空自衛隊があるのはもっと北のはずれで、こんなど真ん中を横切る大通りの上に落ちるのは明らかにおかしい。

そんなことが一瞬頭をよぎったと思うと、今度は他の数十機すべてのお腹から小さなものが文字通り雲霞のように、あるいは蜘蛛の子を散らしたように落ち始めた。隣にいた観光客の4人組のおばさんたちが「アレ見て、すごいで。うわー」といいながらデジカメで写真を撮っていた。

お、と気が付いて自分も記録しないと、と思ったけれど一時いつも持ち歩いていたデジカメは重い上に殆ど使うことがないということで部屋に置きざりにしており携帯のカメラしかなかったので、軽く後悔しながらも2,3枚撮った。確認すると逆光でよく映ってなかったので、露光条件をいじってもう一度撮ろうとしたそのとき、大通りのずっと向うから「ぱぱぱぱっ」「ぱぱぱぱっ」という爆竹のような音が聞こえた。爆竹のようだとおもいながら、あれは銃声だとなぜか分った。

自衛隊なのか外国の軍隊なのか分らないけれど、連中は兵士を降下させながら確実に此方に向かっている。逃げなきゃと思うが逃げる場所がない。電車に乗っても連中のきた方向へまっすぐ進んでしまう。後ろへ下がろうにもすぐ山が控えている。しかし迷っているうちにも編隊はもうすぐそこまで迫っていて、なおパラシュート降下が続いていた。

駅前の交番に行こうかと思ったけど拳銃でどうにかなるとは思えないほど、数多く降下していた。連絡だけでも出来ればと思ったけれど、目の前まで迫っていたし、交番は“そちら”方向にあった。無理だと思った。

すぐに少しでも目立たないように表通りから2本南にある細い通りへ向かって走った。汗が噴き出した。ついさっき綺麗だなと思った光景は何も変わっていなかったのに、腹が立ってしょうがなかった。のんびり芝生を食んでいる鹿にも腹が立った。息が上がった。心臓が苦しくなった。耳がつんと痛くなった。こめかみがきーんと痛くなった。それでも走った。銃声がすぐ近くで聞こえた。おばさんのうわあという声が聞こえた。振り返る余裕なんてなかった。路地を曲がりながらひたすら走った。視界が歪んで露出を上げ過ぎた写真のようにどんどん白くなっていった。足が縺れて手を付く間もなく顔から地面に突っ込んだ。胸の奥に縦方向にまっすぐ槍でも射し込まれたように痛みが走った。息が出来なくなった。もう何も見えなかった。