いろんな意味でぎりぎり(23:15)

2009年6月、女房転がし世界大会が約1000年ぶりに南米チリ北部サン・ミゲル・デ・トゥクマンで開催される。今大会アジア代表に選ばれたのが日本人のS夫妻。夫のTさんは日本で初めて女房転がしを紹介した小説家で妻のAさんも小説家。


―日本人で初めての参加となりますが、競技を始められたきっかけは?

(T氏) 「実はまだ一度も女房転がしをしたことはありません。『イラハイ』を書いた時にたまたま見つけた古い本でこの競技の存在を初めて知ったのですが、実際にやろうと思ったことはありませんでした。どちらかというと私のほうが転がされています」

(A氏) 「だって、あなたすぐ丸くなっちゃうじゃない。丸いものを見ると転がしたくなるのよ、しょうがないじゃない(笑)。大体私が転がさなくても一人でごろごろーごろごろーしてるんだし」


―これはまた、意外な(笑)。しかし一度もやったことのない競技、よく予選突破できましたね?


(T氏) 「予選はなかったのです。大会本部は予選を開催する予定だったようですが、そもそもアジア地域でこの競技の存在を知る者は極めて少なかったので取りやめになったようです。そこで女房転がしに言及しているものを探した結果私の名前が見つかった、と。最初話を頂いたときは悪い冗談だと思いましたし参加する気はまったくなかったのですが、電話を受けたのが私ではなかった、というのが…」

(A氏) 「なによ、気に入らないの?いいじゃん、面白そうだし」

(T氏) 「気に入らない、というわけではない。ただ、参加することになった経緯を述べただけだ」


アンデス山脈の裾野に広がるトゥクマンですが、美しい街のようですね。


(A氏) 「私は『バルタザールの遍歴』で主人公たちを南米に行かせたのですが、あれを書いた時から一度は行ってみたいと思ってました。ヨーロッパは飽きるほど行ってるんですけれど、南米はなかなか機会がなくってね」

(T氏) 「私はそもそも出不精なのでちょっと…」


―Aさんは大蟻食というニックネームを使われていますが、南米はオオアリクイの生息地ですね。

(A氏) 「そうなのよ。だから向こうへ行ったら一度野生のオオアリクイを見ようと思ってる。動物園にいるやつは狭い所に閉じ込められて同じところを行ったり来たりして忙しなく動いてるけど、野生だと違うんじゃないかと思うのね。もっとゆったり動いて、おいしい蟻だけを舐めて暮らしてるんじゃないかと思うんだけど、それって結構幸せでしょ」

(T氏) 「君もあまり変わらないんじゃないか」

(A氏) 「…分かってるよね、あとで話があるから…そうそう、あなたもネットの一部ではアルマジロ先生って呼ばれてるんだし、アルマジロも南米でしょ?野生のアルマジロ見に行きましょうよ」


―そうなのですか?

(T氏) 「彼女は昔から大蟻食だったのです。少なくとも私が知っている限り、ずっと大蟻食でした。しかし私は違う。私の場合は毎日の生活の中で丸くなる癖がついてしまっただけなのです。獲得形質ですよ」


―そ、それはストレス耐性のための形質転換ということですか?

(A氏) 「日々の生活の中でストレスなんて感じてたの?あなた」

(T氏) 「い、いや、もちろん仕事でのストレスもあるよ」

(A氏) 「も?」

(T氏) シュッ、ゴロゴロ〜ゴロゴロ〜(筆者注:T氏はここで瞬間的に丸くなった。それも椅子の上で服を着たままで。どのような構造なのかは分からなかった)


―ほんとうに一瞬で丸くなりましたね。まさにアルマジロ先生、といった感じですね。

(A氏) 「いつもこうなの。これみたら転がしたくなるでしょ?ね(笑)」


―え、ええ。見事な球体ですね。ところで、こちらが競技が行われる斜面の写真ですが全面芝で覆われているとはいえ、なかなか急なところもあるようです。

(T氏) 「ほう。これはすごいな。このあたりなんて45度くらいありそうだ。文献にあったように死者も少なからず出ていた、というのは本当の事なのかもしれないな」

(A氏) 「うわぁ。すっごいきれいなところね。こんなところに立ったら転がるよりも転がすほうが楽しいかもね。あなた転がってみる?」

(T氏) 「い、いや。仮にも女房転がしという名前なのだし、私のようにほぼまんまるな球体だと、いかに整備された斜面とはいえどの方向へ転がるかわかったものではないし…」

(A氏) 「冗談に決まってるじゃない。あなた転がしたら死んじゃうわよ(笑)」


―大会運営本部によると、この写真のずっと下にはちゃんとショックアブソーバー用のマット、リャマの毛を詰めたものだそうですが、こらが隙間なく並べられているということですが、やはり怖くありませんか。

(A氏) 「どうだろ。実際行ってみないと分からないね。でも私は昔っから丈夫だから大丈夫だと思う」


―最後に、意気込みなどを。

(A氏) 「どうせやるんなら勝ちたいもんね。」

(T氏) 「彼女は参加が決まった去年の10月からずっと摂生することを摂生し、安定的に転がるにはちょうどよい紡錘形の体型を作ってきました。私は私で、彼女に何を言われても、何をされても、まったく反論も抵抗もせずひたすら丸まって耐え、本番ではまったく躊躇することなく彼女を投げられるように鬱憤を濃縮してきました。優勝とはいかないまでもいいところまで行くのではないかと思います」

(A氏) 「…」

(T氏) 「…」


―…

(A氏) 「これあれでしょ?優勝したらアルゼンチンの好きな所に家一軒建ててもらえるんでしょ?まぁ気に入ったら優勝しなくっても一年や半年は向こうに残るかもね。タンゴもやってみたいしさ」

(T氏) 「!」

(A氏) 「いやならあなた先にかえればいいじゃない。私は残るもん」

(T氏) 「…しょうがないな、私も残ってアルマジロでも見るか」

(A氏) 「ふふっ」


一時は異様なまでの緊張感が漂い、どうなることかと思われたインタビューも最後には丸く収まった。6月の大会でのお二人の活躍を期待したい。