大蟻食、音楽に浸かる

漬かるのほうがいいのかな。大蟻食の音楽漬け。スライスにすると珍味っぽいか。



依然音楽づいている。と言うより、私の方からつかなくても漏れなく音楽が付いて来る、と言おうか。昨日の晩は風呂から上がってテレビを付けたらオックス男爵が女装した男の子にセクハラをしていたので、おお、クルト・モルじゃん、と、ついそのまま腰を据え、香典返しのリストを整理しながら「ばらの騎士」を最後まで見てしまう。




むう。さっぱりだ。さっぱりわからん。昨日のワグナーのお話もさっぱりだった。新年早々なんたる低調。あらゆるものが良くないほうを向いているのだ。俺の所為ではないぞ。ちょっと重い物を持って腰を痛め、ちょっと残り物を食べ過ぎたくらいだ。食べ物を残すことができない。とてもいやな気分になるから、ちょっと無理しても食べてしまう。いやな躾されたもんだ。躾た当人どもは残しまくりという、理不尽な光景が広がるなか、たいして好きでもないというか嫌いな黒豆やカズノコ、海老などをむしゃむしゃ食べるのはひたすら苦しいだけだった。それでも食べたほうがいいくらい罪悪感があるのだ、食べ残しには。思いだしたら気持ち悪くなってきた。うえっぷ。


一人暮らしばんざい。


閑話休題。で、ここ。


年を追う毎に音楽はますます絶品に聞こえまさる訳ですが、いやあ、あたしゃオックス男爵でいいや。ああいうのが一番いい人生だ。

(強調は私)



オックス男爵というのは一体どういう人なのか。調べるとあらすじがあった(いいね、ネットは広大だわ)。


歌劇「ばらの騎士」ストーリー


ここを読むとアレですよ。オックス男爵というのは、ごく単純なおつむの持ち主でかつ欲深い。よって欲望へ向かってまっしぐら、というか欲望へ一直線に突き進むんだけども、そこはやはりごく単純なおつむの持ち主であって、なにをやってもうまく行かずにキー!くやしいわん。となる運命。という人らしい。


もう少し頭がよければライタぐらいにはなれたかもしれないんだけどな。ま、いい人生なんだろう。


もう一個。

格別ワグネリアンではない人にとってなら確かに「黄昏」はワーグナーらしいかもしれないが、別な人がワーグナーのメモをはぎ合わせて何とか完成させました、と言われても少しも私は驚かない。

(強調は私)



素で恥ずかしいんですが、“はぎ合わせる”という言葉を知りませんでした。調べたら“接ぎ合わせ”と書くらしい。んー?見たことある。なんか“つぎ合わせ”と読んできた気がします。で、此方は“継ぎ合わせ”と書くらしい。おお、ひょっとしてひょっとすると“つぎはぎ?”


変換してみよう…“継ぎ接ぎ”


おお!すぷれんでっど。ぶりりあんと。