崖の上のポニョ 【Ponyo on the Cliff by the Sea】

今日もレディースデーということで見てきた。とはいえ仕事帰りであってかつらはない。なかったんだけども定期券があったのだった…


わたしは先週すっごいことを発見していた。平日に限り、沿線の定期券(電車もバスも)を提示すれば1000円にしてくれるサービスがあったのだった。すげぇ。もう女のふりをしなくてもいいじゃんか。しかも平日ならいつでもよいのだ。レディースデーを上回るこの割引。千円札一枚で払ったとき、あまりの感激で泣きそうになったもの。


ということで見た。


そこかしこで何やら怖いんだよー主題歌に騙されちゃいけないよーという話を目にしていたので、軽く身構えて見始めたんだけど、さして恐ろしいところはなくどちらかというと笑った。というかもう最初っから笑いっぱなし。


背景が色鉛筆で描いたような(ようなというかたぶんまんまだと思う)画で、人物と彼らに近い物、これから動きますよーっていうモノだけが見慣れたアニメーションの着色だった。この色鉛筆で描かれた草木や石などの質感がとてもいい。子供のころに戻ったような気がした。いろんな色が混ざってる。同じ方向にシャーってひかれた色々な線。よく見るとオレンジ(橙?)色なんかが混じっている。印象派というよりはやっぱりお母さんに手伝ってもらって少し出来のよかった塗り絵のよう。


さて、人物でありますが、昨日だったか『ゲド戦記』で、宮崎駿でなくても似たようなジブリ顔なるんだな、みたいなことを書いたけども、今回は駿自身がこれを裏切りやがった!


主人公で保育園に通う宗助くんは、いわゆる坊ちゃん刈りでうなじの周りを刈り上げている。彼は物知りで年齢の割には落ち着いていて(はんたいにお母さんが落ち着きがない)出来杉君のようだけど、見た感じは楳図かずお大先生のまことちゃん(ぐわしっ)なのだった。


で、見るからに手書きの、ナンバー333の軽自動車を日常的に暴走させているお母さんのリサさんは、昔よく見かけたわたせせいぞうのイラストから抜け出したような人。親子の質感がぜんぜん違っててワロタ。


で、おかに上がってしまったポニョ(ブリュンヒルデ)を取り返そう連れ戻そうとする(父ちゃんらしいからしょうがないけどさ)気持ち悪いおっさんフジモトなんだけども、彼は宗助ともリサとも違う顔つきだった。どうもどこかで見たことがあるな、と思っていたんだけども彼はたぶん手塚治虫のキャラクターだ。顔つき表情もそうだけど、ちょっと反り返った姿勢が手塚治虫を思いださせる。


で、ポニョのおかあちゃんはグランマンマーレというどうやら海の精らしいすごい人。このひともまた他の登場人物と見た感じが違うのだ。最初に登場した場面では、船よりもずーっと大きな体で海面下を仰向けにすーっと流れていったんだけど、その時、一瞬映った顔はどう見てもディズニーのキャラクターのようだった。その後、顔がはっきりと映ると、最初の印象は薄くなるけどもやっぱりアメリカっぽい顔つきであることに変わりはなかった。


ということで、主要な登場人物の顔がバラバラであった。しかもどれもこれまでのジブリ顔とは違う。従来路線に近かったのは、宗助が通う保育園と併設されていてリサさんが勤めている特別養護老人施設ひまわり(ありがちだ)でデイケアサービスを受けているおばあちゃん連中の顔。もうほとんど溶解。もとい、妖怪。魔女の集会のよう。年食ったらキキだってああなるに違いない。チーズとか食いまくって。


で、お話のほうはいたって単純なような、複雑なような、でもやっぱり単純さね。といった感じ。設定がはっきりしないんだけど(超えるべき試練の条件がいきなり示され、その内容がポニョが寝てればOKなんだとか意味不明だったの)、あれだ『レディ・イン・ザ・ウォーター』よりはずっと良かったぜ。


というわけで、裸足で波頭を駆け回る半漁人も楽しかったし、おなじく裸足で駆け回る宗助もよかったし(駿は裸足のこどもが好きなのだ)、リサ探しのちょっとした冒険は「はじめてのお使い」のようでかわいらしかったし。


その冒険の中盤、寝てしまったポニョを乗せた船をどっぷり水に浸かりながらだまって引っ張っていた宗助はえらい。「おつかい」だったらあそこで「なんで寝ちゃうの?ポニョー!おーきーてー!」とかなんとか言いながら泣くはずなのだ。でもすぐ後に空の車を見つけて泣き出すあたり駿はよーく子供を見てるな。変態的なまでによく見てるな。通報されないのは世界の駿、トトロの駿だからにすぎないんじゃないだろうか。そういえば同じ上映回で見ていたお客のなかに宗助やポニョと同じくらいかそれより小さい子供が10人弱いたのだけど、最初からよく笑っていた。連中の笑い声もいい効果音。彼らがよく笑っていたのは人間もどきになって宗助のお家に上がったポニョが初めての人間の暮らしを、宗助を見習いながらマネをする場面で、ポニョが宗助と同じようにしようとしてちょっと失敗したり、ずれたことをやると、必ずキャッキャと笑い声が上がっていた。自分たちに身に覚えがあるんだろうな。“おれはもうちゃんとできるんだぜ!ポニョはダメだなぁ”みたいな。ぼくは“ケッ、お前らだっておねしょしてるくせに”とか思いつつなごませていただきましたが。


余談ですが、終わった後売店には人が群がり、あれかわいい、これかわいい(ジブリは商売がうまいなぁ。カエルのようなぽにょでさえかわいいし、キューピーの“たーらこーたーらこー♪”みたいなポニョの弟妹たちもかわいいもん)大人たちがしゃべっているすぐそばで、ショーケースにちいさな手と顔をべったりくっつけながら“ポテトチップスほしい!ポテトチップスほしい!”と叫んでいたチビがいたよ。おまえ、すんごい割高なんだぜ、それ?しかも終わってからってどうよ。しかもかわいいポニョはどうでもいいのかよ?と、チビの欲望に対する恐ろしいまでの素直さに圧倒されました。最強だなあいつら。


とはいえ、全編これ楽しいというわけではなかった。どこか不穏というか不幸な雰囲気が付きまとっていた。リサとか死んだんじゃない?ひょっとしたら町のひとたちも死んでるんじゃないの?というのもありましたが。例の魔女たちも走り回っていたし。それに、大波がくるまでの町の人たちはいたって正常でちゃんとしていたのに、町じゅうが水に浸かってしまったあと、船に乗り合わせた人たち(○浦水産高校に引っ張られた)はどこか異常な雰囲気を漂わせていたし。最後、小さな漁船からタンカーのような大きな船(イージス艦というか護衛艦みたいなのもあったな。さすが軍ヲタ駿)までものすっごいたくさんの、湾を埋め尽くす色とりどりの船(旗)も、ヘリコプターやセスナ機といった空を埋め尽くす色とりどりの航空機もどこかキチガイじみていた。

ずーっと水が引かないってもの息苦しさの一因だろうけど、それだけじゃないな。もう思い出せないけれど、町とか海抜とかではなくて、画面に対しての水位がずーっと高いままだったかもしれない。


最後の最後までおとなしく、自分からしなければいけないはずのキスを、待ちかねた眠り姫からされてしまうくらい大人しい宗助が少ししんぱいです。大きくなって刃物を持って疾走したりしなければいいな、と思いました。いつも女の尻に敷かれたままではダメだ。たまには暴れないといかんぜ、宗助。


とても面白かったです。見てよかったです。なんかもう駿さんは逝ってしまったかもしれないけどまたなんか作ってください。キャラの見た目がバラバラなのも、駿さんの脳みそに刻まれたいろんなキャラをそのまま現実世界に抜き出した結果かもしれない。感覚だけでどんどん作る、そんな感じなのかも。こんどNHKでポニョ制作中の駿のドキュメンタリーをやるそうだからみてみよう。そういやところどころ『日本昔話』っぽかったな。ああいうのシリーズで作るかもしれないな。いいな。


追記:思い出した。書いとかないと忘れるきっと。リサやばあさんたちが待っていた水没した施設は巨大なクラゲのようなものに覆われていて、そこにたーらこーな弟妹たちが宗助とぽにょとひねくれ婆さんを連れていくところ。あれって受精にみえるよねぇ。見えんか。そうか。うむ。