大蟻食はやっぱりナチが嫌い

オバマを見ていると何故かハイダーを思い出す。




あれっ?ハイダーって殺されたんじゃなかったっけ?と思って調べたら、殺されたのはオランダのハゲおやじPim Fortuynだった。ハイダーは一歩後ろに下がって元気にやっていたのね。


この前ご覧になったというのはこれだろうか。


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ロバート・ケネディハイダーオバマか。ナチくさいってのは演説がゲッベルスとかヒトラーのそれと似ているということだろうか。短い言葉でテンポよく言いきる。


たぶん昔からうまい演説というのは似たようなものだったけど、ナチについてはきちんと映像や音声で残っていて、しかも歴史的な恐ろしい犯罪と結びついているので、うまい演説=ナチという連想になるんだろうか。


うまい演説と書いたけれど、これは聴衆をひきつけるという点でうまいという意味。でも、うまい演説=内容がいい演説ということではない。ロバート・ケネディの演説を聞いていて突然ナチ臭く感じるたということだから、それは内容ではなくて、声の質だったり、リズムだったり、抑揚だったり、見得を切る(キメ台詞)ときの間の取り方だったり、そういった音に共通した特徴があるということだと思う。新興宗教の教祖なんかも似ているしね。彼らの話しをちょっと聞いた分にはどこか人をイラつかせる変な抑揚があったりする。


そういや、例の“メガチャーチとかテレビ宣教師”なんかも似てるんじゃないのかなぁ。さらに、そういや、であるけど、『虐殺器官』の話にだってこういう要素は当然入ってるんだろうな。


大事なことは伝えるにも受け取るにも文章のほうがいいんだろうけど、少なくとも今の政体では演説、イメージ、雰囲気といったものの方が影響力が大きいんだろう。これが民主主義の限界というか恐ろしさというか。だってとにかく文字を詰めた議員活動報告書とか不細工なマニフェストなんて読まないもんね。疲れてたら余計によまんもん。