第五回講義 その二・五あるいは番外


今日はながーいです。けれど分けるほどの内容でもないし。講義そのものとは関係なくてすんません。ただ「顔」についての面白い体験話をひとつ。
酔っ払うといつもその話をしていたことがあったので、ここでも書いたことがあるかもしれないけど。ま。


出会い

その女の子は歯科医院の受付で、ちいさなカウンターのなかに座っていた。向かって彼女の右隣にもひとり女の子が座っていた。二人とも高校を卒業したばかりといった年頃で、暇な時間ができると二人でおしゃべりをして愉しそうにしていた。まぁおっさんとしてはそれだけでかわいいねぇなどと思うのだったが、そのうちのひとりがそれまで見たことのないような美女(美少女?)だった。


どれくらい凄い美女だったかというと、通い始めた頃は彼女に気付かなかったほどである。いや、もちろん座っていることは知っていたし、週一で訪れていたわけで、そのうち何度かは彼女に受付や支払いをしてもらっていたはずだけど、“彼女が美女である”ということに気付いていなかった。記憶に残っていたのは隣に座っていた丸顔の女の子のほうで、彼女は彼女でそれなりにかわいらしいお嬢さんだった。ただ彼女は先ほど書いたように女の子同士で話しているときは愉しそうに笑っていたけれど、その他のときは基本的に不機嫌そうだった。僕はその様子を見ながら、受付(だからといって別に笑顔でいろとは思わないけれど)なのに、なぜいつもあのように不機嫌な顔をしているんだろうと思っていた。(理由は後で分かった)。

発見

その歯医者に通いだして一月ちょっと経った頃だったか。いつものように受付で診察券を出そうとしたら僕の前には小学3年生か4年生くらいの男の子を連れてきてたおばさんがいてちょうど手続きをしようとしていた。そのとき、そのおばさんが大きな声で“あ、しもた!(月の変わり目に必要な)保険証わすれたわぁ、どないしょ?”みたいなことを言った。そのあまりに大げさな様子を見てすぐ後ろにいた僕は思わず笑ってしまったんだけれども、そのおばさんを挟んで丁度反対側に座っていた受付嬢もくすっと笑っていて僕と目が合ってしまった。


そのとき、ほんのり赤くなった彼女の頬に目が行った僕は、ぼーっと見蕩れているうちに、ひょっとして彼女はとてもかわいい女の子じゃないのか?いや、とてもどころじゃない、とてつもなくかわいいんじゃないかということに初めて気がついた。ぼーっと考えているうちに受付が終わったので僕は挙動不審になることなく済んだのだけど、カウンターの正面にあるソファに座って待っている間中、その子に見蕩れつつ、ぼけーっとしていた。ぼけーっとしていたのはなにも鼻の下を伸ばしていたわけではなく、なぜここまで見目麗しい少女にこのひと月もの間気がつかなかったのか?ということを考えていたのである(割と真剣に)。

いや、本当は鼻の下も伸びていたかもしれない。なにせ男というものは僕に限らず基本的に阿呆であるからして(だよな!)、ここに通うためなら虫歯を増やしたってかまやしないくらいのことを考えたりもした。だけども、あまりにも綺麗なのにまーったく気がつかなかったという事実は結構衝撃的だったので、その日から僕は、人は誰かの顔をみてかわいいだとか綺麗だとか殆ど瞬間的に思うけれども、じゃぁ一体なにを持ってかわいいとしているのか、綺麗だと感じているのか?ということを考えるようになった。

観察

幸い、当該美少女はとてもおとなしい女の子であったし、真面目に書類仕事をしていた彼女の目線は大抵手元に落ちていたので、僕はかなりの時間彼女の顔を観察することが出来た。じーっと見ていると、彼女の顔がどこまでも完璧に近い造形をしていることがすぐに分かった。完璧とは大げさな、などというのは本人を見てからにしていただきたい。まったく凄いのだ。目や鼻、唇、眉といった各パーツひとつひとつを丹念に観察したがどれも綺麗な形をしていたし、その配置も完璧だった。おおざっぱに言えば卵型というのか微妙に縦長な輪郭で、顔全体に占めるおでこの広さもほどよく、パーツの配置・バランスもよかった。


配置ということで言えば、人間の顔は左右で微妙に異なるといわれている(微妙でない人も大勢いるけど)。そして人間の目もまた、微妙な違いを見つけることができる。例えば、壁に掛かった額縁をみていて、極めて微小な傾きであるにも関わらず、なんだか右が下がっているなぁなどと気がついたりする。そういう目を持ってしても僕は彼女の顔の左右の違いが分からなかったのだ(もちろん左右で異なるという話が頭にあった上で見たのに)。

さらに。その恐るべき顔は正面だけでなく、ナナメ方向(含アオリ)や横方向から見ても、綺麗だった。立体的に綺麗なのだ。自分の経験からするとこれは殆ど奇跡だった。一体このような顔がこの日本にどれくらいあるだろう。居たとしても片手の指でこと足りるほどだろう。日本どころか世界中探したってそんなには居ないだろう。

単に造形だけの話ではない。彼女は色がとても白かった。白い肌というとなにやらうっすらとしたみどり色の血管が浮かんでいるところを思い出されるかもしれないが、彼女のお肌にはそのような気持ち悪いものは見つからなかった。ただひたすら白いのだった。しかも、だ。じぃとみていると彼女の肌は皮膚のすぐした辺りからぼわぁっとした光が出ているように、ほんのり光って見えた(赤ちゃんに近いかもしれない)。僕はそのとき反射型LCDのようにいったん透過した光が内側にある特殊な層で跳ね返っており、それが滲みだしているのではないか?などと考えていた(ね、ね?結構真面目に考えてるでしょ?)

そのような白い肌であるからして、赤い唇はさらに赤く、黒い眉や睫毛はさらに黒くくっきりとしていた。もちろん肩までのびたストレートの黒髪とのコントラストも強かった。

考察

で。話は最初に戻る。完璧な顔であることを確認した僕は、なぜ綺麗だと思うのか?という問題に取り掛かった。いや、掛かろうとしたのだけどもすぐに行き詰った。なぜなら、彼女の顔を思い浮かべようとしても出てこないのだった。あれほど見詰めて観察したにも関わらず、だ。確かに僕は記憶力が良いとはいい難いし、デザイン関係・美術関係についてはまるきりダメだという自覚はある。でもね。僕はこの前の大蟻食先生の打ち上げで行ったトラットリアなんとかのウエイトレスが色白でかなりかわいらしい女の子であることを覚えてるし、実は顔立ちもはっきり覚えている(そこっ!エロイとかいわない。自覚あるのでほっといてください)。目がいいし鼻の形もしゅっとしていて綺麗だった。それくらいの記憶力はある(かわいい子限定かもしれませんが)。

なのに。つい数分前までじっとみて、しかも意識して覚えようとしていたにも関わらず思い出せないのだった。パーツの輪郭くらいがやっと。それさえ気を抜くと忘れてしまった。我がことながらこれには驚いた。頑張ってパーツを思い出し、それをお正月の福笑いのように並べようとするといいところまで来たとたんすぅと消えてしまうのだ。なにか、輪郭部分がパーツと同じ形にくりぬかれていて、そこにぽこっと落ち込んでしまうような感じで。その穴が黒くなっていればそれはそれで顔かたちが分かるんだけども、穴の部分も真っ白であるかのようで、やっぱり思い出せない。

と、ここまできて一つの仮定が浮かんだ。ひょっとして“綺麗だと感じる配置”の“テンプレート”というものが最初から頭の中にあるけれども、実際に人の顔を見て認識し記憶するのは、そのテンプレートからのズレであったり偏りの情報だけなんじゃないのか?と。だから完璧な顔を記憶をたよりに脳内で再現しようとしても、出来上がりそうになったその瞬間にーー夏の日の熱いアスファルトの浮かんだ逃げ水のようにーーすぅっと消えてしまうのではないか。

なぁんてね。いや、結構真面目にそう思ったんだけども今でもよく判らない。もう何年か経ってしまったので思い出せるのは色の白さと黒髪、輪郭と赤い唇にかわいらしいおでこくらいであり、人の顔として見ることはできない代物だけ。すこし哀しいけど、元々どこか人間離れした浮世離れした雰囲気だったので仕方ないか。普通綺麗な人やかわいい人ってよくも悪くも、そのことを利用したりしなかったり、ともかく自覚がある。だけどその子の表情やとなりの女の子との関係を見てもまったく自覚があるようには見えなかった。どんな風に生きてきたんだろうか、いくらなんでもずーっと周りにその綺麗な顔を気付かれないなんてことはないだろうと思って、これまたしつこく観察したんだけど。


余談

あ、そうそう。隣の丸顔の子がいつも機嫌が悪かった理由ですが。その歯科医院には何人も歯科医がいて、入れ替わり立ち代り治療が終わると受付まで患者のカルテかなにかの書類を持ってくるのですが、それを渡すときに手前にいる丸顔の子の頭越しにわざわざその美少女に渡す人(脂ダヌキ)がおおく、しかも満面の笑みを浮かべているのです。たまに丸顔の子に渡すときはしゅっと投げるように渡す。そんなあからさまなことをするやつが居たのです。そのことは丸顔の子も僕も気付いていた(誰だってわかる)、美少女のほうは気がついていない様子だったのも驚いた。白々しさも見えないので天然かと思った。丸顔の子は、だからといってその子を嫌がることもなく、最初に書いたようにその子と話すときだけ愉しそうで、どちらかというと“この子を護るのは私しかいないっ!”みたいな感じが見えた。護るっても二人とも同じくらいの年なんだけども。

そういった感じで、彼女はどうも人間ぽさが薄かった。僕は自分と比べてこんな綺麗な人間がいたのか!と驚いていた。これだって、普通なら女の子同士を比べて、同じ女には見えんなぁwwとからかうのが普通なのに、自分と比べて驚いていた。同じ人間というか同じ生き物なのか?という気持ちだったのかもしえない。いまだってお月さまからあの子を迎えに牛車が来たって驚かないくらいだ(アルコールが少し要るけど)。

僕はここまで散々綺麗と書いてきたけど、実際は途中から間違っていると思い直していた。確かにかわいいし、かつ綺麗だけど、どちらも間違っている気がしていた僕は初めて人間を見て美しいという形容詞を使うとこにした。うん。これなら間違ってない。あまりに凄いので一生、いや何度生まれ変わったって僕とは関係ないんだろうけど、これ以外の言葉は合わない。まぁ、どうせ僕のタイプではないしさ(あ、見たことなかったからか。そういやタイプってのもテンプレからのズレのいち傾向じゃないのだろうか?)。

とはいえ。あそこまで完璧なお顔を見ることができたお陰で、ストライクゾーンがどーーんと広がったのでそれはそれでよかったのかもしれない。つまりあれに比べればその辺の女の子なんてどれだって一緒だ!と。

さらにおまけ

大蟻食先生の講義でおあいした皆様のお顔のなかで、これは初めて見たというものはなく、過去どこかで見たことのあるお顔ばかりでした。一通りのパターンは見尽くしたのでしょう。ウエイトレスの彼女の顔もまたどこかで見たことのあるような顔でした。Gaucehさんは

Gauche

『すいません。白状します。「二枚目」と書いてくれと、しつこくOohさんに頼みました。』




なんて言っているけどいやいや中々のハンサムでらっしゃると同性ながら思いますよ。横顔なんて吉本興業いちのハンサムと言われるチュートリアルの徳井そっくりだし。吉本だからと侮ってはいけませんよ(M-1で優勝したから知っている人も多いかもしれませんが)。彼は売れるまえにグアムでチェ・ジウにナンパされているくらいですから、日本だけでカコヨイのではありませんよ。


ふぅ。長っ。まぁこれで酔っ払っても、ここを読めというだけで済みそう。あの子について過不足なく書き尽くした感あり。


講義についてはヴァンダイクやブロンチーノなんかの肖像画、いろいろ画像検索したのがあるので、また明日にでも書きます。ほい。