というわけで、日曜に行きそこなった奈良国立博物館の第五十九回正倉院展に行きました。へっへー!平日だもんな。日曜のような大行列はなかった。とはいえ、そこそこの人出。やっぱり観光シーズンなんだろう。歩道を歩いていると筆で書かれた真っ赤な字で“秘仏公開”とか書いてあるの。邪魔だぼけ。どんだけ卑しいんだ寺。あれ書いていて泣きたくなったりしなかったんだろうか坊主。というかそれ書いて歩道に掲げた時点であんたのこれまでの修行は全てぱー!になったかもしれんね。


とかどうでもいい。当日券¥1,000かってすんなりと入場。入場したら結構人が詰まっていて中々進まない。というか並んでねーよこいつら。普通展示ケースの前を1列から2列になって流れていくだろうが。それがおまえ、真ん中辺りにいきなり突入してくる爺婆大杉。ながれねぇ。しかも俺の前のやつそういう状況わかってねぇ。いつまでもボーっとまってやがるの。なんだおまえ、目の玉くっついてんのか?というか脳ミソ搭載してるのか?


とかいう言葉が頭を過ぎった(ちょっと声にでてしまった)が、ここでひみつへいき。あー久しぶりにモオツァルトを聞く。効果覿面とはこのことか。かなり久しぶりだったので沁み入る感じ。幸い視力も悪くはないし(右はダメになったが)、身長だって低くはない(比率さえ気にしなければ悪くない)。すこし引いたところからでも見えるっ、見えるぞっ!


面倒くさいので良かったものだけを記録ス。

特に良かったもの

  • 羊木臈纈屏風(ひつじきろうけちのびょうぶ) ロウケツ染めらしい。纈は“しぼる”とも読むらしい。これは写真を見た記憶がある。デザインと木の葉だけ色が残っていて印象的。
  • 熊鷹臈纈屏風(くまたかろうけちのびょうぶ) 上に同じ。ただし色はない(残ってない?)。熊鷹が立派。麒麟と猪もよい。
  • 臈蜜(ろうみつ) ミツバチの巣から作った蝋の塊で餅のような形。真ん中に穴が開いていて紐でいくつも繋がっている。なんかいい。
  • 墨絵弾弓(すみえのだんきゅう) 弾弓の弓の部分。非常に細かい墨絵で大道芸の様子(?)が描かれている。驚くほど絵が細かい。モチーフ(←使ってみたかったの)も面白い。弾弓ってキートン平賀太一さんが使ってたやつ。
  • (ふで) かなりぶっとい。きちんとキャップが付いている。毛を和紙で巻きまきしたものらしい。他に展示されている古文書の類を見たとき、これを使って書かれたであろう文字だったのかと驚く。
  • 白葛箱(しろかずらのはこ) 葛を編んで作られた(拵えたといったほうが良いか)箱。かなり細いものを編んだようで、編み目がかなり細かい。
  • 金銀平脱皮箱(きんぎんへいだつのかわばこ) 漆塗りの皮箱。文様とか鳳凰の形をした金銀の板を埋め込んでおいてあとで漆を削るらしい。黒にブルーグレーに金という色の組み合わせとデザインが目を引く。いかにも宝物という感じ。馬鹿がヨロコビそうな逸品でございます。
  • 布袍(ぬののほう) 袍は“わたいれ”とも読むらしい。がこれは麻の上着。かなり大きい。上着とはいうけど膝上あたりまでありそう。全体からみて袖が長すぎる。とおもったが、肘というか二の腕あたりで縛って、弛ませていたのかもしれん。ナントカのミコトみたいなやつでよくあるあれ。

と、ここまでがまぁまぁだったやつ。

もっすご良かったやつ

ここからがすげぇと思ったやつ。やつ。やつって…

  • 四分律 巻第十五(しぶんりつ) 仏教の戒律だったか。経文。これ凄い。黄麻紙(おうまし)というちょっと黄色というか茶色の巻物にず・ず・・ず・ずずずずずずずずずずーーーーーーーーーーーーーーーーーと漢字漢字漢字。みっしり。しかも一文字ひともじが綺麗。正直これみてよだれ出ました。萌え程度であった漢字フェチ開眼。キチガイだね多分、これ書いた人。
  • 須摩堤経(すまだいきょう) これも写経。似ているけど字がでかい。太い。8歳の少女須摩堤主人公で、仏弟子やら文殊菩薩さまと問答を繰り広げるというもので、どこかで聞いたような話だなと思ったらこれだった。
  • 青斑石硯(せいはんせきのすずり) 青斑石4枚を組み合わせて正六角形にした中央に須恵器の硯を埋め込んだもの。青みがかった石がステキ。木製の台座も素晴らしい。寄木細工というのか、木で作ったモザイク。ハート型に刳り貫かれた脚の内側の曲線部分には象牙。別になくてもいいはずなんだけど、部分的に張られた象牙の乳白色が凄く効いている。凄い。
  • 紫檀画箱(したんもくがのはこ) 木画は硯の台座と同じでモザイク。この紫檀の箱、デザインがかわいらしすぎる。現代のものといっても不思議ではない。色も綺麗に残っている。緑に染めた鹿の角や象牙やツゲなどを棒状にまとめてうすく削りだしたものを紫檀の箱に嵌め込むという手法らしい。模様を考えると気が遠くなる作業(僕の作業工程の理解が間違っているのだろうか)。やはり象牙が効いている。欲しい。




いやぁ、下の4つは戻って何回か見直したもん。このところ天気の所為か結構鬱々(多分欝病じゃないけど)としていたんだけども、面白いものとか綺麗なものを見てかなり頭の中がすーっとした。これいい。どうでしょうぷり様。こういうの効くかもしれませんよ。


最後におまけ。『正倉院古文書正集 第三十三巻』という古文書が面白かった。これは一般の人達むけに臨時に食料を配る賑給(しんごう)という制度の記録。災害なんかで困った地域で行なわれたり、国を挙げてのお祝いのときに行なわれたりするそう。災害援助とか生活保護みたいなものか。で、これに書かれている賑給の対象となった人たちの社会的な身分が興味深い。

  1. 高年(こうねん) 80歳以上のお年寄り
  2. 鰥(かん) 妻のいない60歳以上の男
  3. 寡(か) 夫のいない50歳以上の女
  4. 惸(けい) 16歳以下で父母のいない子供 惸は“ひとり”とも読むらしい
  5. 不能自存者(ふのうじそんしゃ) ひとりでは生活できないもの



なんか、凄いでしょこれ。不能自存者(キャプションみてドキッとした)とか現代訳かと思ったら古文書にちゃんとそう書いてあった。これ天平11年=西暦739年の記録ですってよ奥様。なんか儒教の影響だとか書いてあったけど、今でもほぼそのまま通じそう。どんな規模だったのか知らんけども、739年にこういうことやってたのに現代日本で餓死ってどうなん?と思いましたね。


同じ独り身でも男女で対象年齢が10歳違うとことかどういう理由なのか興味あるなぁ。この古文書の場合は寡が9人いたけど男はゼロだったそうで。早死にしたのかな男。高年もゼロだけど、この時代で80歳越えってのは殆ど妖怪というか仙人のような存在だったんじゃなかろうか。年食ってるだけで食い物くらいもらえそうな気がする。


16歳以下の身寄りのない少年ってのがグッとくる。賑給で生き延びられたんだろうかね。